研究内容

Research Summary
 基底膜は、上皮細胞、筋細胞、脂肪細胞などを取り囲んでいる非常に薄い膜のことを指しますが、細胞膜とは構造やその成分が大きく異なり、進化的に保存されたタンパク質群から構成される細胞外マトリックス成分です。基底膜は、細胞の構造維持と接着、細胞極性の維持や分化制御、細胞外層の選択的フィルターなど多彩な働きを担っています。また上皮で発生したガン細胞が下層の結合組織に浸潤する際には物理的な障壁としても作用しています。このような基底膜の多様な機能は、発生段階や組織によって大きく変化する基底膜構成タンパク質の含有量の違いに関連しており、その含有量の違いを産み出す分子機構が個々の細胞や組織に対する最適な細胞外環境を産み出す仕組みだと考えられています。私は、モデル生物である線虫C. elegansを材料として、基底膜の構築原理や構成タンパク質の動態や含有量の変動を制御する分子機構の基本原理を解明することを目指しています。

 
 ① 可視化基底膜を用いた解析
 細胞外で基底膜を構成する基底膜タンパク質は、組織ごとに異なる局在パターンを示すことが知られています。基底膜ごとに異なる構成タンパク質の違いが多様な基底膜を産み出し、その多彩な機能に関連すると考えられています。基底膜タンパク質の局在に関する先駆的な研究としてERATO 関口細胞外環境プロジェクト、マウス基底膜ボディーマップ(http://dbarchive.biosciencedbc.jp/archive/matrixome/bm/home.html)が挙げられます。マウス基底膜ボディーマッププロジェクトとは、免疫染色によって基底膜タンパク質42種(既存の基底膜タンパク質の約90%)のマウス胎仔における詳細な局在部位の一覧を提示したデータベースです。この基底膜タンパク質の図鑑ともいえるデータベースを眺めていると、異なる組織の基底膜では構成タンパク質の局在が大きく異なることがわかります。しかしながらそのような基底膜の構成タンパク質の多様性が、いつ、どこで、どのようにして産み出されるのか、殆どわかっていません。これまでに、私たちを含む研究グループによって、C.elegansの基底膜を構成する全ての基底膜タンパク質の可視化に成功しています。この基底膜可視化ストレインを用いて、時間軸や発生段階によって変動する基底膜動態を制御する分子機構の解明を目指しています。

 
② 分泌タンパク質の組織局在を決定する分子機構の研究
 基底膜は分泌タンパク質から構成されています。基底膜の主要構成タンパク質の一つであるIV型コラーゲンは、後世生物になって獲得したものであることからも、細胞外環境の根本的構成成分であり多細胞生物の基本的な構造単位が発生するために必須な細胞外環境タンパク質と考えられています。
 私はこれまでに基底膜の物理的な構造を制御する分子機構(Ihara S. et al. Nature Cell Biol., 2011)基底膜タンパク質を指標にしたタンパク質の品質管理に関する新しい知見(Ihara S. et al. J. Cell Sci., 2017)を報告しています。また細胞外へ分泌されるセリンプロテアーゼが特定の糖鎖によって安定性が増すこと(Ihara S. et al. JBC., 2002, Ihara S. et al. Glycobiology 2004)、また特定の糖鎖がメタロプロテアーゼの細胞外での局在決定に必須なことを報告しています(Ihara S. et al. EMBO-J., 2007, Ihara S. et al. FEBS-J 2008)。一連の研究過程において、様々な細胞外タンパク質・基底膜タンパク質の可視化や変異体の樹立に取り組んできましたが、その過程で常々考えていたことは、細胞外へ分泌後に分泌タンパク質はどのようにして目的の組織へたどり着くのか、ということです。支配的な考えは下図に概略図を示しますが、単純な拡散によって近い組織にはより多く局在するが、遠方の組織では少ない、といった受動的要因によって局在が決定されるといった考え方です。しかしながらそのような分子機構を支持する確たる証拠は殆どなく、細胞外タンパク質(分泌タンパク質)は、局在する組織は分かれどもその局在を決定する分子機構は、依然として殆ど分かっていません。私は細胞外で分泌タンパク質は受動的拡散ではなく、その分泌タンパク質の特性に応じて局在が決定される能動的な局在決定機構が存在すると考えおり、またその仮説を肯定する幾つかの実験的証拠を得ています。
 
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 私達はこれまでに、C. elegansを用いて基底膜を可視化した実験モデルを用いて、分泌タンパク質であるIV型コラーゲンとラミニン(共に基底膜の主要構成タンパク質)の局在が大きく異る基底膜の存在を見出しています。下図に示しますが、線虫C.elegansの咽頭部分を観察すると、IV型コラーゲンは咽頭に強く局在しますが(左図)、ラミニンは咽頭の周りにある筋肉組織に強く局在します(右図)。これは同じプロモーターを用いて発現させても、常に同様な局在パターンを示します。

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 この IV型コラーゲンの局在パターンは20年前の文献に記されていますが(Graham PL. et al. J. Cell Biol. 1997)、未だになぜこのような分布パターンが作られるかは不明のままです。分泌タンパク質の組織デポジット(組織への局在)の決定機構を明らかにするために、IV型コラーゲンが正常に局在しなくなる変異体を樹立して解析を進めています。
 

③ 基底膜の損傷を保護する生物資源の探索
 紫外線による皮膚の損傷、すなわち光老化は皮膚が恒常的に紫外線に暴露されたときに観察される現象です。これまでに、C. elegansを用いた可視化基底膜を用いて、慢性的な紫外線照射によって特定の基底膜タンパク質が損傷することを見出しています。現在、この実験モデルをもちいて、紫外線による基底膜タンパク質の損傷を抑制する生物資源物質のスクリーニングを計画しています。例えば、各種ビタミンやストレス抑制食品等が、紫外線の損傷抑制に効果的なのか、その作用機序を明らかにすることに取り組んでいます。


④ 小胞体でのタンパク質のフォールディング機構の研究
 凝集タンパク質はその機能が失われた状態のみならず、凝集タンパク質そのものが細胞にとって有害であり、様々な神経変性疾患から糖尿病などの発症に関わっています。これまでに、私達は小胞体内腔で分泌タンパク質の凝集を引き起こす遺伝子変異を同定しています(Ihara S. et al. J. Cell Sci., 2017)。遺伝学が使えるC.elegansのメリットを用いて、凝集タンパク質を抑制するサプレッサースクリーニングを行い、凝集タンパク質を効率的に減少させる酵素の探索を行っています。左の図は小胞体にタンパク質が蓄積したC.elegans変異体(ヒト遺伝病と同じ遺伝子に変異が入っています)ですが、右の図は凝集タンパク質を効率的に減少させることができる酵素に変異(恐らく機能亢進の変異と考えています)が入っています。

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⑤ 器官サイズを維持する分子機構の研究
 器官は常に同じ大きさを保ちます。これまでに行なった変異体のスクリーング過程において、幾つかの器官のサイズに異常を示す変異体を同定しています。この研究は始めたばかりですが、変異体を解析することで器官のサイズを一定に保つ恒常性維持機構に迫りたいと考えています。
 
 

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